本村集落から学ぶこと

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The Naoshima Plan 2019「水」

 先の休日を利用して、直島へ建物の見学に伺った。目当ては直島ホールだったのだが、時間に余裕があった為、家プロジェクトなどの企画展示が行われている、本村集落を散策する事にした。そこで出会ったThe Naoshima Plan 2019「水」で、三分一博志の本村集落に対する考えを知る事が出来た。

The Naoshima Plan 2019内観

「庭〜縁側〜続き間と風が抜けることで、南北に隣り合う家も風が抜けていきます。本村の集落は風をリレーする集落といえます。扇の中心には棚田やため池があり、夏は水面を通った涼しい空気が北に向かって流れていたのでしょう。家の向きが風向きを示してくれている。先人の知恵はすごいな、と思いました。」


三分一博志

そしてこのThe Naoshima Plan 2019「水」は、 「直島にて、個々の建築や街区、水路などを通して島全体の風・水・太陽などの[動く素材]を浮き上がらせ、その美しさや大切さ、新たな価値を再認識してもらう試み。」


三分一博志

The Naoshima Plan 2019座敷

この集落はその場所に潜在した自然資源を、代々引き継ぐ事によって豊かな暮らしを実現してきた。今、私が暮らす京都にはそのような街を形勢する考えが残されているのだろうか。京都市としては町並みを保存する為に、軒庇の出幅や外壁の素材に着目して指導を行っている、その様な動きは必要な事なのだと思う。

それに加えてこれから考えて行かなければいけない事が、先ほどの本村集落の考えなのではないだろうか、表面的に現れる根底を見つめる必要がある。その事が実現する為には、街の街区形勢を統一するのではなく、町の単位での考えを進める事が必要である。場所性を引き出す町の考えはとは何か。

京都も昔から山々に囲まれた土地柄により、南北の配置が良い住宅といわれてきた。この様な自然資源を再認識して町並みの考える事、それに加えて京都の習慣や風習からなる町並みの考え方が必要に思う。人から生まれる出来事を町にボトムアップする考え方である。
その為には、街の単位となっている京都を、再度、町の単位として再構築する必要があるのではないだろうか。

本村庭
本村お店

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